本研究室では、「持続可能社会に相応しい人工物システムのデザインとマネジメント」のための学術体系(専門知識の体系)の構築を目指した研究活動を行っている。昨今、国連の持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)や気候変動枠組条約締約国会議(COP)で採択されたパリ協定などが広く知られており、例えば、二酸化炭素の排出を減らす新しい技術が次々に提案されている。しかし、その効果(どのくらい二酸化炭素の排出量を減らすか)は条件次第で異なるため、時には恣意的な情報が流布されていることもある。これに対して本研究室では、新しい技術やサービスの環境負荷削減効果を検証可能なモデルに基づいて数値化したり、その副作用を分析したりすることを地道に行っている。
本研究室が体系化を進めている持続可能システムデザイン学は設計工学、ライフサイクル工学、環境学を基盤としつつ、研究目的に応じて組み合わされる様々な学術を背景としている(図1)。
図1:持続可能システムデザイン学の関連学術[1]
持続可能システムデザイン学の関心は、少ない資源消費ですべての人の基本ニーズを充たす状態(目標)を移行し、且つ維持するプロセスにある。注目対象の現状に応じて、研究テーマを大きく二つに分類している(図2)。一つは過剰な資源消費(鉱物資源だけでなくエネルギー資源や水資源の消費も含む)によって人間の基本ニーズがほぼ満たされている状況におけるのテーマである。この状況は主に欧米諸国や日本にあてはまり、資源効率をさらに大きく改善することが望まれる。もう一つは、資源消費量はそれほど多くないものの、基本ニーズが十分に満たされていない状況におけるテーマである。こうした状況は経済発展が遅れている途上国全般であてはまるが、個人レベルでは、先進国であっても貧困や格差でこの状況にあてはまる人々がいる。この場合、環境に配慮しつつも、人間の基本ニーズ充足という観点から生活の真の豊かさを増すことに重きを置くテーマが望まれる。
図2:研究テーマの方向性を示す概念図
どのようなテーマであっても、人工物システムの生産から廃棄に至るライフサイクル全体で物事を判断するライフサイクル思考とそれに基づく「ライフサイクルのシステム化」という視点は中核となる。本研究室ではこれに、「産業のシステム化」と「消費のシステム化」という視点を追加し、さらにシステム化された各々の関係性を定義する、という形で研究を進めている。
人工物システムは個別に複雑化しながら社会実装されているが、その結果、現実世界ではそれまで関係がなかった個別システム間に何らかの依存関係や相互作用が生じて、いわゆる超システム(SoS: System of Systems)と見なせる状態が形成されることがある。例えば、自動車業界におけるCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の技術革新が交通のみならず通信、エネルギー分野をも巻き込んだ「産業のシステム化」を引き起こしつつある。こうした複雑システムは固定化されず、常に部分的に変化しつつある。環境側面からは二酸化炭素排出と資源消費が気懸かりである。
そこで、人工物ライフサイクルシステムが結合して生じた超システム(=結合型ライフサイクルシステムズCoLSys:Connected Lifecycle Systems(図3))に付随する物質フローを離散事象としてモデル化して扱うライフサイクルシミュレーション方法論(LCS4SoS)を開発した[2]。具体的な応用例として、今後増えてくる電気自動車に搭載された2次電池を他の用途にグローバルリユースした際の環境負荷削減効果の評価事例[3]や、業界全体の二酸化炭素排出量の推移と他社動向を見ながら主体的に意思決定を行うモデルを内包したライフサイクルシミュレーション[4]、などがある。
図3:結合型ライフサイクルシステムズの概念[2]
図4:意思決定モデルを内包した結合型ライフサイクルシステムズのシミュレーションの概念[4]
近年は様々なシェリングサービスが普及しつつあり、シェアリングによる利便性と資源効率の改善が期待されている。一方で、シェアリングと資源消費の増減との定量的な関係の詳細は十分に把握できていない。そこでライドシェアやカーシェアという自動車シェリングサービスのライフサイクルモデルを開発し、ライフサイクルシミュレーションによって資源消費の増減に影響の大きい要因の特定を行っている[5] (図5)。新しい都市交通手段や公共交通へのモーダルシフトを考慮した交通シミュレーションとライフサイクルシミュレーションを組み合わせた利用方法の研究も進めている[6]。
図5:自動車シェアリングのライフサイクルモデリング
世界全体の持続可能性を実現するには、先進国だけでなく途上国も含まれていなければならないし、先進国の中でも貧困や格差が進んでいることも問題である。こうした社会問題を解決する最善の方策は対象地域によって異なるため、それぞれの地域特性を正確に捉えなければならない。
Max-Neefの考え方を取り入れた生活圏アプローチを紹介する。本アプローチにおいては、人間の普遍的な基本ニーズ概念と製品機能概念の間に、サティスファイヤと呼ばれる気候、歴史、文化などの特性と時代に依存する抽象概念を置いてニーズ充足性を考察する(図6)。製品機能とサティスファイヤの概念接続を行うことで、対象地域のサティスファイヤに接続されない製品機能を発見することがあるが、その機能はニーズ充足の観点からは不要と見なせる(図7)。製品の過剰機能をなくし、真に必要な機能に注目することによって「足るを知る」人工物消費の在り方をシステム的に考察している。
図6:生活圏アプローチのフレームワーク[7]
図7:ニーズ充足のための概念接続[8]
製品開発において途上国の地域特性を仕様に反映する地域指向デザインの研究を進めている。地域指向デザインを支援するために、製品機能と構造の対応関係に地域特性情報や製品使用実験情報をひも付けた拡張機能構造マップと呼ぶ表現形式で設計を支援するシステムを開発している(図8)。これにより、異文化圏で使われている製品と自国の製品の存在意義の違いを可視化し、特徴的な機能や構造がなぜ実装されているのか納得することができる。
図8:拡張機能構造マップを用いたデザイン支援システム[9]
[1] | 小林,持続可能システムデザイン学,(2022),共立出版. |
[2] | Kobayashi H., et al., AEI, 36, (2018), 101-111. |
[3] | Murata, et al., IJAT,12-6, (2018), 814-821. |
[4] | Kawaguchi, et. al., IJAT, 16-6,(2022), 715-726. |
[5] | 川口ほか, 精密工学会誌, 87-7, (2021), 632-639. |
[6] | 山本ほか,日本機械学会第31回設計工学・システム部門講演会講演論文集,(2021). |
[7] | Kobayashi H., Fukushige S, JoR, 8-3, (2018), 103-113. |
[8] | 村田,小林, 日本機械学会論文集, 86-886 (2020). |
[9] | Kobayashi H., et al., Global Environmental Research, 25-1,2 (2021), 43-50. |